
木本 茂成 先生
神奈川歯科大学歯学部
小児歯科学講座 教授
成長期においては正しい機能が理想的な形態を作ります!
健康な口の機能を正しく育てることで、健全な歯並びや咬み合わせが得られます。歯の生える前の哺乳期から乳歯が生え始める時期である離乳期を経て、食べる機能(摂食機能)を獲得する過程で乳歯が生え揃っていきます。全ての乳歯が生え揃う3歳頃からは、食品を唇で捕らえる、前歯で嚙みきる、奥歯ですりつぶす、食品を唾液と混ぜ合わせて食塊を作る、飲み込むという一連の機能が習熟していきます。このような機能の発達がうまく行われることが、理想的な口元や歯並びを形作る条件になります。そして機能の発達と形態的な成長は車の両輪のように切り離すことができません。また哺乳から咀嚼機能を獲得する過程で嚥下(飲み込む)機能も変化します。このように摂食機能は人生の最初の時期である乳幼児期に大きく発達を遂げて、基本的な口の機能を身につけます。
食品を咀嚼する際には、舌と口の周りの筋肉(頬や唇)が協調して働くとともに、安静にしている時にも、顎の骨や歯に一定の力が働いています。特に成長期では、顎の骨そのものにも筋肉の力が加わっていますが、歯の生え揃う位置や歯の方向も、舌と口の周りの筋肉の力のバランスによって決まってきます。絶えず口で息をしている場合(口呼吸)や、指しゃぶりなどの口の周りの癖は、顎の骨の成長方向や歯の位置を変化させてしまいます。成長発育期の小児、特に乳幼児から学童期にかけて、口の機能が顎の骨の形や歯並び、咬み合わせ、さらには口元や顔つきを決定するといっても過言ではありません。 (図1~3)
図1

上あごの幅の成長に舌は重要な役割を果たしています(顔を前から見たときの断面図です)。
図2

安静時の呼吸は鼻からが基本。このとき唇は閉じて、舌は上あごに穏やかに密着させています。
このとき歯・唇・舌の関係が正しい口腔の発達に大切です
口呼吸の癖がないか注意しましょう。
図3

歯に口の内外から絶妙なバランスの力が絶えず加わることできれいな歯並びが生まれます。
乳幼児期の口の機能発達:食べる機能、話す機能、呼吸に関する機能の発達について

それでは、口の機能はいつ育つのでしょうか?
乳幼児期(0~6歳頃)に最も大きく育ちます。この時期に口の周りの機能と形態は著しく変化します。
食べる機能の発達:離乳は子どもにとって人生最初の口の機能のトレーニング(学習)
離乳の過程
人間は他の哺乳類の動物と同様に、生後すぐに母乳や哺乳瓶でミルクを飲むことができます。これは哺乳類における反射運動であり、学習せずに乳首から母乳を吸い出して飲み込むことができます。一方、固形の食品を噛みきり、奥歯ですりつぶしながら唾液とともに食塊として飲み込むことは自然にはできるようになりません。最初の前歯が生え始めの時期から始まる「離乳」という学習過程が必要です。そして離乳が完了するのは最初の奥歯が生えて咬み合う1歳半頃になります。その間、子どもは離乳の過程で以下のような順序で食べる機能を学習していきます(表1)。
表1
離乳の過程のつまずきと食べ方や飲み込み方(摂食嚥下機能)や食行動の問題
乳児期において母乳やミルクを飲む運動は、哺乳類特有の反射によって本能的に行われますが、その際に舌は胃腸の蠕動運動(ぜんどううんどう)に類似した動きを示します。
一方、固形の食品を栄養として摂取する機能は、学習によってのみ可能になります。食品を嚙んですりつぶし、唾液を混ぜ合わせて飲み込む行為(咀嚼運動)は、下あごの動き、舌と唇・頰の協調運動です。また、母乳やミルクだけを飲み込んでいた時期から食品を栄養として摂取する離乳の過程で嚥下様式(飲み込み方)も大きく変化します。この咀嚼運動の学習と嚥下様式の移行には、以下の点が大切です。
以上の過程で、多数のむし歯や指しゃぶりなどの口の癖、舌小帯(舌の先端のスジ)の異常、偏った食生活等により、摂食嚥下機能の発達が遅れてしまうことがあります。この離乳におけるつまずきも「口腔機能発達不全症」の原因となります。
話す機能の発達について
通常の発達をしてる子どもでは、5歳の終わり頃までに舌っ足らずの幼児性の発音から成人の発音に移行します。5歳以降で発達の遅れや聴力の異常がない状態で発音に問題がある場合、次のような歯科的な原因によることがあります。歯科における対応が困難な場合には、小児科や言語聴覚士による専門的な評価が必要となる場合もあります。
(1)指しゃぶりなどの口の周りの癖によって歯並びや噛み合わせの異常を生じて唇を閉じにくい。(乳歯列開咬、図4)
全ての乳歯が生え揃う3歳以降も癖が続いている場合には、本人に対して説得を行い癖の中止を試みる必要があります。歯科において相談を受けてください。早期に癖が中止されると噛み合わせの異常は改善してきます。
図4
(2)むし歯やケガで前歯が失われているか、歯の根の部分しか残っていない。(多数歯う蝕:図5)
歯の生え代わりよりも前に乳歯の前歯が抜けてしまった場合は、永久歯が生えてくる6~7歳ころまで取り外しのできる乳歯の入れ歯を使うことが推奨されます(可撤保隙装置:図6)。幼児期に前歯のない状態が長く続くと、正しい発音の学習が遅れたり、食品を飲み込む際の舌の動きの異常(乳児型嚥下の残存による舌突出)を招き、噛み合わせの異常(開咬)の原因になることがあります(混合歯列期開咬:図7)。
図5
図6
図7
(3)舌小帯(舌の先端の下面にあるスジ)が短いために舌の動きが制限されている。(舌小帯短縮症:図8)
舌小帯の付着する位置は成長にともなって、舌の先から徐々に後退して短かくなっていきます。
この変化がおこらない場合、「舌小帯短縮症」という異常となります。この異常は、舌の動く範囲が制限されて発音の問題の原因となります。舌小帯短縮症と診断されたら、歯科において適切な時期に舌小帯の切除を行うとともに、舌の動かし方の訓練を実施します(舌挙上訓練:図9)。多くの場合、通常月に1度の歯科で舌の運動の指導を受け、自宅で毎日訓練を続けると3〜6か月間で、舌の動きは改善して発音の問題は解消されます。
図8
図9
呼吸に関する機能と口呼吸の歯並びや口元の形への影響
これまでの説明のとおり、歯並びや顎の形態は成長発育期の口の内外の筋肉のバランスによって大きく影響を受けます。安静にしている時は、口を結んで鼻で息を吸ったり吐いたりをすることが本来の呼吸の仕方です。その時、上下の歯の間は数ミリの隙間があり、舌は上あごに緩やかに密着しています。口を結んでいる場合に唇と頬の筋肉は歯並びの外側から緩やかに力を加えています。成長期において、1本1本の歯は口の内側と外側の筋肉のバランスのとれた位置に生えてくるようになっています。成長発育期において、理想的な歯並びは安静にしている時の舌の形(きれいなU字型)に沿って作られます。
それでは、絶えず口をポカンと開けて息をしている口呼吸の場合ではどうなるでしょうか?
口を開けて息をしていると舌は上あごに接しておらず、側方から頬の筋肉の力が上あごに加わります。また、口をポカンと開いているため前方から唇の力が歯に加わりません。従って歯の生え代わりの時期に口呼吸を続けていると上あごの前歯は外側に傾斜して狭い歯並び(V字型)となってしまい、噛み合わせの異常を招くことになります(図10 V字状歯列弓)。
図10
このように噛み合わせの異常を招く口呼吸は原因別に3つに分けられます。
(1)歯性口呼吸
歯並びや噛み合わせの異常により、口が閉じにくいために口呼吸となってしまう場合。
この場合には、歯並びの治療(矯正治療)を先行して行い、それと並行して口を閉じる訓練を行います。(図10、11 上顎前突)
図10
図11
(2) 鼻性口呼吸
鼻炎や扁桃肥大などの病気があって鼻呼吸が困難な場合。
この場合には、鼻呼吸が可能となるように耳鼻科での診察と治療が優先します。(図12 鼻腔通気度検査)
図12
(3) 習慣性口呼吸
歯並びの異常がないか軽度であり、鼻呼吸が可能であるにもかかわらず、習慣的に口を開けて息をする場合。
この場合には、歯科において口を閉じて鼻呼吸を行うための訓練(口唇閉鎖訓練)を行います。月に1度歯科で訓練法の指導を受けて、自宅での訓練を毎日実施します。熱心に取り組んだ場合、半年ほどで効果が現れてくることがほとんどです。(図13、14 肥厚性歯肉炎、図15 口唇閉鎖訓練)
図13
図14
図15
成長における個人差について
子どもの成長発育には個人差があります。歯の生える時期にも大きな差があるため、口の中の環境も異なり、口の機能の獲得時期にも個人差があります。
日本小児歯科学会で実施した日本人の子どもの歯の生える時期に関する全国調査の結果からも、子ども歯の生える時期には大きな個人差があることがわかります(図16 乳歯列、図17 乳歯萌出開始時期、図18 永久歯列、図19 永久歯萌出開始時期)。
図16
図17
図18
図19
このように乳歯、永久歯とも子どもの口の中に生えてくる時期には一定の幅があり、歯の生えている本数や生え代わる時期によって、口の機能の発達にも個人差があって当然であることを理解してください。離乳の開始や進め方についても単に生まれてからの月齢で決めるのではなく、全身の成長や歯の生えている状態など、子どもの発達に合わせて判断することが大切です。離乳を早く進めることは、決して子どもの機能の発達にはプラスにはなりません。お子さんの成長発育に寄り添って進めてあげてください。
学童期において永久歯の生える時期にも個人差があります。前歯の生え代わりの時期には、それまで咬み切れていた食品は嚙みづらくなります。また、乳歯の奥歯の生え代わる10〜12歳ころには一時的に食品をすりつぶす歯の本数が減ることがあります。そのような時期には、食材の大きさを時期によって調整するような配慮も大切です。
口腔機能発達不全症とは?
1)背景
2015年に日本歯科医学会重点研究委員会で実施した「子どもの食の問題に関する調査」で、未就学児の保護者の50%以上に、子どもの食事に関する心配ごとがあることが判明しました。同調査によれば、「偏食」や「食べるのに時間がかかる」、「むら食い」、「遊び食い」など食行動に関する項目が多く見受けられました。このような困りごとは、食べる機能の問題と関連していることが多く、歯科におけるアドバイスや指導で改善することも珍しくありません。以前から全身的に何らかの病気があって、食べる機能に障害をもっている子どもに対する摂食機能療法は、公的医療保険の対象となっていて、歯科において食べる機能の訓練を受けられていました。その一方で、全身的な病気や障害のない子ども(定型発達児:いわゆる健常児)の場合、食べる機能を含めた口の機能の訓練は、保険診療の対象とはなっていませんでした。そのため、2018年の3月まで、口の機能発達に関する指導や訓練は、保険外の自費診療で受けるしかありませんでした。
2)公的医療保険への「口腔機能発達不全症」の導入
2018年(平成30年)4月から公的医療保険の対象となった口腔機能発達不全症は以下のような状態をさします。
口の機能の発達に何らかの遅れがあり、歯科医療機関において「口腔機能発達不全症」と診断されれば、一定の基準に従って、公的医療保険により歯科で指導や管理が受けられるようになりました。また、2020年4月の診療報酬改訂により離乳完了前(授乳期間を含む)の時期も、指導や管理の対象となりました。
「口腔機能発達不全症」と診断された場合、約12か月間を目安にその子どもの状態に応じた指導と管理を継続して受けることができます。その間、1か月に1度の割合で通院して指導を受けながら、症状の改善について再評価を受けることになります。15歳頃までの成長発育期にある小児が対象です。図20に示すような状態でしたら、歯科で診察を受けるとよいでしょう。
図20 「口腔機能発達不全症」の可能性がある状態
2)離乳食が進まない
3)食べ物の噛み方がおかしい
4)食べるに時間がかかる
5)食べるときの飲込み方がおかしい
6)なかなか飲み込むことができない
7)丸飲みしてしまう
8)食べこぼすことが多い
9)発音がおかしい
10)いつも口を開けて息をしている
11)指しゃぶりをやめられない
12)その他の口の癖がある
3)歯科での相談について
どの歯科医院でも口の機能の問題について指導や管理が受けられるとよいのですが、実際には大学病院の小児歯科や子どもを中心に診療を行っている歯科医院でないと、なかなか専門的な指導や管理が受けられないかもしれません。大学病院以外でも公益社団法人日本小児歯科学会認定の小児歯科専門医でしたら、口の機能の指導や管理が受けられます。同学会のホームページで小児歯科専門医が公開されていますので、近隣の歯科医院を探してみるとよいでしょう。
【専門医・認定医がいる施設検索】
http://www.jspd.or.jp/contents/main/doctors_list/index.html