お歳暮まわりはご縁のあかし2015.11.24

お歳暮まわりはご縁のあかし

 山茶花が満開になると、デパートのお歳暮商戦もそろそろ開幕。
 ただの「歳の暮」という言葉が「お世話になった方に年末に贈る商品」を意味するほど日本の社会に根づいた習慣ですが、そもそもの由来は「お正月を祝う歳神様(としがみさま)へのお供物」でした。

 歳神様はその家のご先祖様。お正月にはご先祖様を祀るために、嫁いだ人や分家した人が実家や本家に集まるので、集まった家に過大な負担をかけないよう、事前にお節料理などの食材を持ち寄ったことが始まりのようです。

 その後、都会への人口流出が始まり、盆暮れの商習慣と結びついた「お歳暮」となったのが、江戸時代。こちらは「一年間、実の身内のようにお世話になりました。来年もよろしく」という意味です。
 年の暮れになると、身寄りの少ない町人や参勤交代の武士たちが心づくしの手みやげを持って、日頃お世話になっている人に、ご厚情の御礼を申し述べてまわったのが、粋な「歳暮まわり」として世間に広まったようですね。町人がお歳暮にまわったのは大家さん、かかりつけの医者、懇意の店などでした。

 ところで、現代ではお中元とお歳暮が1セットですが、実は由来が違います。
 お歳暮は日本の風習ですが、お中元は中元の時期(旧暦7月17日)に祖先の霊を供養する中国の行事をアレンジした風習。
 日本のお中元は「生きている人の無事」を祝うもので、室町時代の公家の間で「おめでたごと」としてお互いの家を訪問し合うようになったのだそうです。
 それが江戸時代に庶民に広まったとき、お歳暮まわりの夏バージョンとして定着しました。

 おもしろいことに、江戸時代のお歳暮やお中元の贈答のポイントは品物自体でなく、「水引やのしをかけること」の方でした。
 古代から、水引は魂を結びいれるという、結びの信仰がありました。結ぶことによって魂が宿るので、これをつけて贈られたものは単なる物品ではなくなると考えられていたのです。

 ちなみに「のし」は、「熨斗(のし)あわび」からきた言葉。これは二千年来の伝統ある伊勢神宮のお供物ですが、庶民にはあまりに高価で希少なものなので、紙に「のし」と書いて熨斗あわびの代用にしてしまったとか。

 それにしても、江戸人がこんなに縁結びにこだわったのは、なぜでしょう?
 私は、お歳暮周りは、「家」が社会の基盤だった封建時代に遠くの身内を頼れない都会人が、自分の愛情や信用でバーチャルな家族を選んだ証(あかし)ではないかと思っています。

 今年は、少額の品をオシャレに贈る「こ歳暮」も登場しました。感謝を伝えたい相手がユーモラスな方なら、高価な品より喜んでいただけるかもしれません。

コラムニスト 鈴木 百合子